この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第17回
斎藤智
「すごく寒いね」
麻美は、初めて乗るヨットのデッキ上でつぶやいた。
季節は1月の下旬で、まだまだ寒さがまっただ中の真冬だった。こんな時期にヨットなんて…とは思っていたが、隆が一緒に乗ろうというので、やっと進水したばかりの念願のヨットに、きっと隆も嬉しくて乗りたいのだろうって思ってつきあって乗ったのだった。
「麻美、ラット、舵を取ってみるか?」
隆が、自分の握っていたラットを麻美に手渡して、麻美にヨットを操船させようとした。
「だって、私は船の免許なんか持っていないよ」
「大丈夫だよ。ヨットは、乗っている誰か一人が免許を持ってさえいれば、実際に操船するのは誰でも良いんだよ」
「そうなんだ」
隆に言われて、もともとスポーツは好きで得意な麻美は、ヨットの操船を自分でやってみたくなった。
「じゃあ、やらせて」
麻美は、隆からラットを受け取り、ヨットの操船をしてみる。車のハンドルと同じで、右に行きたいときは右にハンドルを回して、左に行きたければ左にハンドルを回せばいいと隆から説明を受けてはいたが、車と違って、まっすぐハンドルを握っていても、波や風の影響で、ヨットは右へ左へと勝手に曲がっていってしまう。しばらくは、隆にも半分ラットを握って補助してもらいながらの操船になった。
「だいぶ、うまくなってきたじゃない」
麻美は、隆の補助なしでラットを握れるようになっていた。
「でも油断していると、まだまだヨットが勝手に曲がっていってしまうよ」
麻美は苦笑した。
「確かに、後ろを振り返ってごらん。船の航跡がぐにゃぐにゃ曲がっているよ」
隆は笑った。
麻美が後ろを振り返ってみると、麻美が操船してきた船の後が、海面に残っていた。確かにぐにゃぐにゃとS字を描いていた。
「なんか恥ずかしい!ヨットって走った後がずっと波に残ってしまうのね。あ、あの人の船、ぐちゃぐちゃ、蛇行しているっていうのが周りにばればれじゃない」
麻美は、思わず苦笑してしまった。
「大丈夫だよ。冬の間に頑張って、毎週乗って練習続けていれば、春先までには上手になってるよ」
隆が言った。
「冬じゅう?寒い冬の間、毎週ヨットを出すつもりなの」
「もちろん」
隆は、当然という顔で答えた。
麻美は、冬の間、ずっと隆につきあって、寒い中、ヨットに乗らなければならないのかと苦笑していた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。