この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第229回
斎藤智
「そろそろ近くかもしれない」
ナビを見ていたルリ子が言った。
「そうなのか」
隆は、ルリ子の言葉に反応した。
結局、お昼を食べ終わったら昼寝すると言っていた隆だったが、昼寝していなかった。
「私が眠くなってきちゃった」
食べ終わった後、パイロットハウスのサロンでぽけっとお話をしていた麻美が言って、皆は笑い出した。
「さて、そろそろなのかな」
隆は、ルリ子の覗いているナビの画面を眺めてから、デッキに出た。
洋子と香織、雪も一緒に出てきて、三人は周りの海面を見渡した。
「さて、お皿を片付けようかな」
お昼を食べ終わった後のお皿がテーブルに出しっぱなしだったので、麻美はキッチンに片付けはじめた。
佳代も、麻美の食器の片づけを手伝った。
ルリ子も画面と外の様子を確認しながら、少しだけお皿の移動を手伝っていた。
「ルリちゃんはいいよ。ナビとステアリングをやっていて」
麻美がルリ子に言った。
「どこか、この辺にいるのだろうね」
隆は、海面を眺めながら言った。
もう夕方近くになってきて、暗くなりはじめているので、海が探しづらかった。
「老眼が始まっているから、探しづらいよ」
隆より少し年上で、麻美と同い年の雪が言った。
「麻美ちゃんも探してたら、麻美ちゃんも同じこと言いそう」
まだ老眼からほど遠い香織が笑った。
「そうだ、佳代のほうが見つけられるだろう」
「そうだよね、佳代ちゃん、視力2.0だものね」
洋子も言った。
「佳代、いる?」
隆は、いったんキャビンの中に入った。
「はい」
「佳代さ、目が良いんだから探すの手伝ってよ」
隆は、佳代にお願いした。
「ああ、佳代ちゃん、探してあげて」
麻美は、お皿を洗いながら言った。
佳代は隆といっしょに表に出た。
佳代の代わりに、キャビンに入ってきた香織が、麻美のお皿洗いを手伝っている。
「そっち?」
隆は、雪たちの見ている方角と別の方角を見始めた佳代に言った。
「だって、ルリちゃんのナビ見たから、こっちかなって思ったんだけど・・」
「そうなのか?」
雪と洋子は、逆の方向を見渡していた。と、
「あ、あった!」
佳代は、遠くを指さして叫んだ。
「え、もう見つかったの?」
「あそこ!」
佳代は、雪と洋子の二人にあそこに浮かんでいるじゃん、とばかりに指さしている。
「老眼進んだのかな?ぜんぜんわからない」
雪が答えた。
「私も、子どもの頃からずっとチョー近眼だから」
洋子もぜんぜんわからずにいた。
「あそこ、あそこにぷかぷか浮かんでいるよ」
二人がぜんぜん見えないでいるので、佳代は隆に指さしている。
「どこ、どこ?」
隆は、佳代の側に寄って来て、腰をかがめて背の低い佳代の目線で立ち、佳代の指さす方向を必死で眺めた。
「あれ」
「あれね、え、あれか!」
隆は、マストのステンレスが夕日の銀色に光っているのだろうか、何かきらりと海面上で光るものを見つけて叫んだ。
「ルリちゃん、隆さんたちが見ている方向に進んで」
雪と洋子が、パイロットハウスでステアリングを握っているルリ子に言った。
ルリ子は、隆と佳代の指さしている方向に向かって、船を進めた。
「あ、マリオネットじゃん」
船がだんだんと近づいてくるにつれ、隆にも、マリオネットの姿が次第にはっきり見えてきた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。