フィギャアヘッド

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第15回

斎藤智

麻美は、船の前方に回り込んでみた。

隆のヨット、ナウティキャットの船体前方から飛び出している角を、もっと良く眺めてみたかったのだ。船体最前部から飛び出している角、バウスピリットは木部で出来ている。

その木部の中央、床部分に穴が開いており、そこにアンカーが備わっている。停泊時に、そこから海面に向かって、アンカーが落とされるのだ。その木部の周りにも、船体デッキ上と同様に、人が落水しないようにロープが張られている。バウスピリット先端からマストてっぺんに向かって、ワイヤが張られており、ジブセイル(ヨット最前部に張るセイル)が張れるようになっている。

この船には、ジブファーラーという装置が付いていて、普段は、ジブセイルは先端のワイヤ部分にグルグルと巻きついている。セイリング時には、この巻きついているジブセイルを開いてセイリングできるようになっているのだ。

しかし、ヨットなど乗ったことのない麻美には、ジブファーラーも、アンカー装置も、まったく興味なかった。

それよりも気になったのが、船体最前部から飛び出したバウスピリット、その飛び出した木部を落ちないよう支えるために、バウスピリットの先端下部と船体前部の少し下との間を、斜めにステンレスのパイプが付いていた。そのパイプに木でできた彫刻が付いていた。ちょうど、昔の帆船の先端によく付いている両手を広げた女性像のようなものが付いていたのだ。

「何か付いているよ」

「そうだよ。航海の安全を祈って女神像が付いているんだよ」

女神と隆は答えていたが、その彫刻は、どう見ても女神ではなかった。何か犬のような動物の像だった。

「ラッコだよ」

それは、隆の説明によると、ラッコの像らしかった。そう言われてみると、その動物の像はお腹に貝を抱えていた。

ナウティキャットのヨットは、さすが森林が豊富なフィンランド製だけあって、贅沢にも各パーツに木部がふんだんに使用され、昔の帆船の面影があった。その面影から、隆はぜったいにヨットの先端にはフィギャアヘッドを取りつけようと思っていたのだった。

このヨットの船名は「ラッコ」にした。

麻美と訪れたモントレーの街に、いつかこの船で行ってみたいという隆の願望を込めたのだ。船名がラッコなので、どうせならフィギャアヘッドもラッコの彫刻にしたのだった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。