この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第85回
斎藤智
ラッコが停泊すると、レストラン店内からウェイターが出てきた。
ウェイターに予約していたことを伝えると、ウェイターは店内に案内してくれた。
「ここで食べたいね」
ルリ子が、ウッドデッキのテーブルを指さしながら言った。
「どうせなら、食事をラッコのデッキまで運んできてもらえればいいのに」
「それじゃ、レストランに食べに来た意味ないじゃない」
隆の言ったヨットのデッキ上で食事する案は、麻美に即座に否定されてしまった。
タイクーンの店内は、アジア風の植物が陳列されていて、店内全体がエスニック調にディスプレイされていた。
クラシックピアノが置いてあり、店内全体に聴こえるようにピアニストが静かなクラシックを弾いていた。
店内は、けっこうお客が満員で、お客さんたちの会話で賑わっていた。せっかくのピアノの生演奏がよく聞こえないぐらいだった。
「あの上のところでライブとかやるのか?」
螺旋階段を上がったところに、中2階があって、そこから1階の店内が見渡せるようになっている。下からは、中2階を見上げる感じで、2階の様子を見れた。2階には、ステージがあって、夜とかだと、そこでライブが開催されるようだ。
「もう少し、おしゃれな格好してきたほうが良かったかな」
席に座ると、テーブルの上には、三角に立ったナプキンが置いてあり、高級レストランの雰囲気があった。
「おしゃれな格好してきたら、ヨットで作業できないじゃん」
「いいじゃない。隆が全部操船してくれれば…」
麻美が、笑顔で言った。
「俺は、ヨットの運転手かよ」
隆は、苦笑していた。
料理が運ばれてきた。
タイクーンの料理は、エスニック料理が中心で、香辛料の効いた辛い味の料理が多かった。
「隆は、辛いの苦手だから、食べれるものがなくなちゃうね」
麻美は、自分の料理の中から比較的辛くないものをより分けて、隆のお皿に分けてあげた。
「別に、多少ぐらいなら辛くても大丈夫だよ」
隆は、言った。
連休の予定
夕方、ラッコは、タイクーンから横浜マリーナに戻って来た。
横浜マリーナに戻って来ると、いつものように待機していてくれたマリーナスタッフが、クレーンを動かして、戻って来たラッコの艇体を持ち上げて、艇庫に戻してくれた。
隆たちは、艇庫に収まったラッコに乗って、セイルを畳んだり、掃除など後片付けをし終わると、マリーナの駐車場に停めてある自分の車に乗ってそれぞれ帰宅する。
「お疲れ。今日は終わり?来週の連休はラッコさんはどうするの?」
隆たちが帰ろうと、横浜マリーナの入り口付近にいたときに、暁の望月さんに声をかけられた。
来週は、月曜日に10月の祭日があり、土日とあわせると三連休だ。
「特に予定はないですけど、土曜ぐらいから千葉辺りにでも行ってみようかと思っています」
隆が答えた。
「千葉か。うちらも千葉に行くよ。千葉で浮島レースがあるんだよ」
「ああ、浮島レースに暁さんも出るんですか?」
浮島とは、千葉の内房、勝山の前辺りにある小さな島だ。毎年、千葉の木更津からスタートして、その浮島を目指し、浮島を一周してから、また木更津に戻って来るヨットレースが開催されているのだが、そのヨットレースが来週、開催されるみたいだ。
そのレースに、暁も参加するらしい。
「ラッコさんも出場しません?」
「え、うちがですか。うちの船は重たいモーターセーラーですよ。暁さんの船のように走りませんよ」
「そうか。でも毎年、クルージング艇でも、浮島レースに参加してレースを楽しんでいるヨットは、けっこう多いよ」
ヨットレースの中には、どんなヨットでも参加しやすいように、レースをレーシングクラスとクルージングクラスに分けて開催して、クルージング艇のような遅いヨットでも、レースを楽しめるように開催してくれるレースもたくさんあった。
浮島レースも、そんなヨットレースの一つらしかった。
「そうですね。でもラッコは、皆レース経験ないですし、レースの参加はやめておきます」
「ね、浮島の辺りで、暁さんたちが走って来るのを観戦して、暁さんの応援しましょうよ」
麻美が、隆に言った。
「そうだな」
暁たちレース参加艇は、木更津沖を明け方にスタートして、だいたい昼前ぐらいには、浮島にやって来る。
前日の夜から、ラッコは、千葉の勝山に停泊して、その暁たちの様子を観戦、応援しようということになったのだった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。