この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第74回
斎藤智
元町の町は、小一時間も周ったら、全ての町を見て周れてしまった。
波浮に戻るバスの時間まで、まだ後一時間近くあるので、隆たちは、元町港の中をぶらぶらしていた。
「なんか、あのヨット、ここに入港するんじゃない」
洋子が沖を走っているヨットを指さして言った時も、隆はそんなはずはないと決めつけていた。
元町港は、熱海からのジェット船と東京からの旅客船の専用港になっていて、一部の漁船以外は、ヨットやボートの入港は、ありえなかった。
「やっぱり、入港してくるみたいよ」
今度は、麻美も、隆に言った。
そのヨットは、元町港にどんどんと近づいていた。
ヨットが、港に近づいてくることに、隆たち以外にも、港の職員たちも気づいたみたいで、岸壁に出てきて、ヨットの来るのを見守っていた。
これから、熱海からのジェット船が、この岸壁に着岸する予定なのだ。港の職員としては、ヨットになど、ここに停められては困るのだ。
「行ってみよう」
一応、同じヨットマンとして、何か助けてあげられるかもということで、隆たちも港の岸壁に向かった。
「すみません、すぐに出ますから、2人だけ船から降ろさせてもらえませんか?」
やって来たのは、ヤマハ30Cというヨットだった。
船尾に書かれている船籍港から推測すると、東京からやって来たようだった。
そのヨットが、岸壁に着岸すると、船内からへろへろに船酔いしている女性が、2名降りてきた。
どうやら、連休を東京から大島までクルージングするのに、ヨットでやって来たのだが、同乗していたオーナーの奥さんと娘さんが船酔いで倒れてしまったようだった。
「これから、ジェット船が、ここに入港するのだから、ここに停泊されたら困るよ」
港の職員が、ヨットを停めるのならば、奥の漁港のほうに停めてくれと、ヨットのスキッパーに話している。
その岸壁に、着岸予定のジェット船は、すぐ後ろまでやって来ていた。
ヨットは、船酔いの女性2名を降ろすとすぐに、港を出て行った。岡田港のほうに移動するらしい。
「大丈夫ですか?」
麻美たちは、ヨットから降りてきた女性たちを連れて、港の待合室に行った。そこにある医務室のベッドに寝かせてあげた。
女性たちは、船に弱いらしくて、顔が真っ青になっていて、ふらふらとまっすぐに歩けないようだった。それでも少し、ベッドでゆっくりしていると、青かった顔にも、だいぶ血色が戻って来たようだった。
海王と再会
隆たちは、元町から波浮にバスで戻って来た。
元町から波浮までの道のほとんどは、山の中を通っているが、ときおり林の隙間から海が見えるところもあった。
その林を抜けると、海が一望できるところに出た。
隆たちが、海を眺めている間に、バスは海沿いの道をぐるっと回り込むと、眼下に波浮の港が見えた。
「うわ!ここから港が全部見えるね」
「ラッコが停泊しているのが見えるよ!」
皆は、バスの窓から波浮の港を見下ろしていた。
「あれ、海王じゃないか?」
隆は、ラッコの左側に停泊しているヨットを見つけて言った。右側には、マリオネットが停まっていた。
「確かに、海王に似ているかも」
海王とは、ラッコと同じ横浜マリーナに停泊しているヨットだ。
名前のとおり、以前は、36フィートのレース艇で、東京湾で開催されるヨットレースには、常に参戦しており、いつも上位、1位をとっているすご腕のレーサーだった。
今は、オーナーは、年をとってしまったとかで、レースは卒業してクルージングに専念するのだとかで、台湾製の木造クルージングヨットに買い換えてしまっていた。
木造といっても、実際に木部を使用しているのは、内装材だけで、船体はFRPという強化プラスチックで建造されている。
波浮に到着して、隆たちは、バスから降りた。
「おかえりなさい」
隆たちを出迎えてくれたのは、海王のオーナーだった。
「あ、こんにちは」
やっぱり、バスから見えていたヨットは、海王だった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。