この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第50回
斎藤智
朝の日の出の中、ラッコは気持ちよさそうに海面を滑っていた。
「おはよう!」
時刻は、朝の6時過ぎ。
隆たち、夜のウォッチを先に担当していたグループが船内から起きてきた。
麻美たちのグループは、夏の朝もやの中、気持ちよさそうにヨットを操船していた。
舵を握っているのは、佳代だった。
船は伊豆大島の左側を走っていた。隆たちが、麻美たちと交代して船内に引っ込んだときは、ラッコは三浦半島の先っぽ、東京湾の出口付近を走っていたので、ずいぶんと外海に出てきたことになる。
「佳代ちゃん、すごいのよ!ずっと舵を持ってくれているの」
起きたばかりで、まだ眠たそうな隆に、麻美が言った。
「え、他の人は舵を取っていないのか?」
「ちゃんと取ったよ。雪ちゃんが30分ぐらいかな。私もそのぐらいは取ったかな」
あとは、全部、佳代が一人で操船を頑張っていたらしい。
「それじゃ、疲れただろう。代わってあげようか」
隆がコクピットに来て、佳代と舵を交代してあげようと声をかけた。
「まだ、ぜんぜん大丈夫だよ」
佳代は、隆の申し出を断って、しっかり舵を取っていた。
佳代は、もうすっかりベテランヨットマンだった。同じ時期にヨットを始めたほかのクルーたちよりも、一番年下でチビだったが、ほかのどの子よりもヨットの上達は早かった。
「それじゃ、朝ごはんを作ってこようかな」
麻美は、一人船内に入って、ギャレーで皆の分の朝ごはんを作り始めた。
航海中、揺れる船内での料理なので、朝ごはんは簡単に出来るものにしておこうと思って、パン食にした。目玉焼きとベーコンを焼いていると、デッキにいたルリ子と洋子が、その匂いに気づいて、麻美の食事の準備の手伝いをしようと船内に入って来てくれた。
「佳代ちゃんが外で舵を取っているし、朝ごはんは皆で外で食べましょうか」
麻美の発案で、隆と雪はデッキ上に大きなパラソルを2本開いて日陰を作り、コクピットにテーブルを広げた。
ルリ子がテーブルクロスを敷くと、麻美たちが出来上がったばかりの朝ごはんをテーブルの上に並べた。
「いただきます」
トラブル発生!
海は穏やかで、天気は快晴。
のんびりできる夏らしいクルージング日和だった。
朝の食事が終わると、隆、麻美、雪の30代おじさん、おばさん連中は、船首のデッキで、のんびりと寝転がって昼寝、いや朝寝を楽しんでいた。
佳代や洋子たち20代の若手連中は、コクピットで代わる代わるにステアリングを握って、操船している。
ラッコが目指しているのは、伊豆七島の三宅島。
御蔵島や八丈島を除いたら、伊豆七島の中で一番先、遠くの島だ。
まずは、一番先の三宅島に行ってから、式根島、新島、大島と少しずつ東京に近い方の島に立ち寄りながら、横浜に戻って来ようという計画なのだった。
海には波も一切無く、穏やかな海面をまったく揺れることなく、ヨットは走っていたので、隆たち、昼寝組は、午前中のほとんどをデッキで寝て過ごしてしまった。
コクピットで操船をしているグループも、風が無くて、セイリングができないため、ときどき交代でステアリングを握っているだけで、後は、日焼け防止のビーチパラソルの下のデッキチェアで、のんびり腰かけているだけだった。
午前中、あまり動いていないため、お昼をとっくに過ぎていたが、誰もそれほどお腹が空かずにいた。
「お昼ごはん、どうしようか?」
麻美は、デッキで目をつぶって寝転がった姿のまま、横に寝転がっているはずの隆に聞いた。
隆の向こう側のデッキには、いつの間にか、洋子も来ていて寝転がっていた。隆と洋子は、頭を少し持ち上げて、デッキ上のパイロットハウス前部の窓のところに寄りかかって、おしゃべりをしていた。
「お昼か。お腹どう?」
「ずっと寝転がっているだけだったから、そんなにお腹は空いていないけど」
洋子は、隆に聞かれて答えた。
「確かに。俺もぜんぜんお腹空いていないな」
二人は、麻美に言った。
「だからって、お昼食べないわけにはいかないでしょう」
麻美は、二人に言ったが、二人はぜんぜん立ち上がる気はなさそうだった。
「それじゃ、そうめんでも作ろうか」
麻美は、よいしょっと立ちあがって、船内のギャレーに向かった。
「佳代ちゃん、お昼のそうめんを煮ようか」
途中、コクピットのところに座っていた佳代と目が合ったので、麻美は、彼女に声をかけた。
麻美に声をかけられた佳代は、そうめんを作るのを手伝うために、笑顔で船内に駆け込んだ。
30代の麻美が、よいしょっと立ち上がったのに対して、20代の佳代は、さすがに若さだろうか、すぐに立ちあがっていた。
「私はサラダ作っているから、そうめんが茹であがるのを見ててくれる」
麻美と佳代が、ギャレーでお昼の料理をしていると、突然に無線が入った。
「ラッコさん、ラッコさん。聞こえますか?こちらはマリオネットです」
無線の相手は、マリオネットだった。
「はい。こちらはラッコです」
「こちら、エントラです」
麻美が無線に出ると、マリオネットが答えた。エントラとは、エンジントラブルのことだ。
何か事件が起こったようだった。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。