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お父さんの落水

お父さんの落水

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第118回

斎藤智

中島さんが、ジャボーンと周りに大きなしぶきを上げながら、海の中に放り込まれた。

「うわ!お父さんが落ちた!」

美幸は、麻美と一緒に、ポンツーンから父親が落ちるところを見ていた。

隆たちが、海の中の中島さんに手を差し伸べて、ポンツーンに上げるのを手伝っている。

寒くなって来た11月に、海に落とされたというのに、中島さんは笑顔だった。

皆が、自分の新艇の進水を祝ってくれているのと、新しい船がやって来たという嬉しさで、水の冷たさなどまったく感じていないようだった。

「さあ、お父さんのことは、隆たちに任せて、美幸ちゃんは、早く更衣室に行って着替えてきましょう」

麻美は、そういうと美幸と一緒に、横浜マリーナのクラブハウス内にある女子更衣室に向かった。

「大丈夫ですか?」

「海の中の水は、意外に暖かくて気持ちいいな」

隆が、海から上がって来た中島さんに声をかけると、中島さんは笑顔で答えていた。

中島さんを海に落とした男性陣たちと一緒になって、海に落としていた雪が、中島さんにタオルを手渡した。

「ありがとう」

中島さんは、雪からタオルを受け取ると、それで体を拭きながら、ビスノーのキャビンの中に入って、船内に置いてある自分の服に着替えた。

「あれ、皆は?」

隆は、雪以外のラッコのほかのメンバーが、誰もいなくなっているのに気づいて聞いた。

「美幸ちゃんの着替えで更衣室に行った」

雪が答えた。

「お風呂入るんでしたら、沸いていますよ」

更衣室の中で、片づけをしていた横浜マリーナの女性スタッフが、びしょ濡れの美幸の姿を見て、声をかけた。

「ねえ、体暖まるし、せっかくだからお風呂入れさせてもらう?」

麻美は、更衣室の奥にある浴室に美幸を連れて行った。

「私も入ろうかな?」

美幸が濡れた服を脱いでいるのを見ながら、ルリ子が言った。

「良いんじゃない。ルリちゃんも一緒に入っても…」

麻美が言ったのを聞いて、佳代が自分の着ていた服を脱ぎだした。

「佳代ちゃんも入るの?」

ルリ子が聞くと、佳代は頷いた。

結局、佳代に、ルリ子、洋子も皆、美幸と一緒にお風呂に入ることになった。

「麻美ちゃんも、入らないの?」

美幸に言われて、麻美も皆とお風呂に入ることになってしまっていた。

「ちゃんと、しっかり体を洗わないとね。横浜マリーナの前の海は、ヘドロだらけだから」

麻美が、佳代の背中を洗ってあげた。

一人っ子の美幸は、麻美に優しくされて、本当のお姉さんができたような気がして、嬉しかった。

待ちぼうけ

隆は、クラブハウスのソファでずっと待ち続けていた。

麻美たちが、美幸の着替えで、更衣室に行ったというので、雪と出てくるのを待っていたのだ。

「なんか、着替えるだけにしては長くないか?」

「確かに」

雪は、答えた。

「もしかしたら、着替えじゃなくて、マリーナの表のショッピングスクエアに、買い物にでも行ったんじゃないか?」

隆は、雪に聞いた。

「そうかな?美幸ちゃんの着替えに、行ってくると言っていたんだけどな…見て来ようか?」

雪は、クラブハウスを出て、女子更衣室に見に行った。

女子更衣室の中に入ると、ビスノーの進水式に招待されて、遊びに来ていた女子大生の女の子たちが中で着替えていた。

ドアを開けて、更衣室の中に入った雪は、その女子大生たちに一瞬ぎょっと驚かれていた。

雪は、髪もショートヘアーだし、背が高くがっしりした体格に、ジーンズと男っぽいスタイルなので、いつも女子トイレとかに入ると、中にいた女性に、男性が入って来たのでは、と一瞬間違われてしまうことが多かった。

「ごめんね。ちょっと人を探しているの…」

雪は、女子大生たちの後ろを通り過ぎて、奥に進んだ。

「いいえ、どうぞ」

着替えていた女子大生たちも、雪のことを一瞬男性と間違えてしまったという申し訳ない思いがあるからか、雪が後ろを通り過ぎるときに、申し訳なさそうに道を空けていた。

「美幸ちゃん、まだセイルとか上げたことないんだ!じゃあ、私が教えてあげるね」

浴室のほうから、ルリ子のかん高い大きな笑い声が聞こえていた。

「お風呂に入っていたんだ」

雪は、お風呂の扉を開けて、中を覗くと、中にいた皆に声をかけた。

「あ、雪ちゃん。雪ちゃんもお風呂に入る?」

洋子が浴槽の中から言った。

「私は、入らない。っていうか、隆君がクラブハウスで待ちくたびれているよ」

「あ、そうか。隆、待っていたんだね」

「隆さんも、一緒にお風呂入らないってわけには、行かないものね」

雪に言われて、お風呂の中でゆっくりしていた皆は、慌ててお風呂から上がった。

「すぐに上がるからって、隆に言っておいてくれる?」

雪は、麻美に言われて、先に更衣室から出ると、隆の待っている横浜マリーナのクラブハウスに戻って行った。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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