カレー鍋

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第113回

斎藤智

今日のお昼は、先週の予告通りにお鍋になった。

麻美は、ラッコのキャビン、サロンのテーブルの中央に置かれたカセットコンロの上に、大きな土鍋を置いた。

鍋の周りには、お皿に乗った切り分けられた肉や野菜が並んでいた。

「お湯は、もう沸いていると思うから、野菜から順番に入れてね」

麻美が言った。

「このカレー粉はなんなの?」

お鍋だというのに、テーブルの上には、カレー粉が置かれていた。

「先週やったカレーで皆、カレーが好きみたいだから、今日はカレー鍋にしようと思って」

麻美が答えた。

「白菜、入れようか」

ルリ子がお鍋のふたを取ると、お鍋の中からもくもくと白い水蒸気が上がった。

隆が、その白い煙を手で払いながら、お皿の上の白菜を入れようとした。

「白菜よりも、玉ねぎを先に入れたほうがいいよ」

雪に言われて、隆は、白菜を鍋に入れるのを中断した。

隆と代わって、雪が玉ねぎを入れ、少し煮込まれたところで、ほかの野菜も入れた。

雪は、野菜を入れながら、それにあわせてお鍋の中の汁の味付けもしていた。

「雪。鍋奉行じゃない」

隆が言った。

「本当、雪ちゃんが鍋奉行なんてめずらしいね」

雪は、普段からあまり料理が苦手で好きでないので、ヨットでも、料理になると、あまり自分から進んでやっていなかった。

その代わりに、セイルの片づけとかデッキ洗いとかに率先してやっていた。

「きっと、お鍋だけは、こだわりがあるんじゃないの」

「無いよ、別に」

雪は、隆に言われて答えていた。

出来上がったお鍋を、小皿にすくって隆に手渡した。

「美味しいよ」

隆は、雪から受け取った小皿のお鍋を食べって言った。

雪の味付けに、麻美のアイデアのカレー味が入っている。

「雪ちゃんの味付けだから、今日の鍋は美味しいのかも」

麻美も、お鍋を食べた後で、味の感想を言った。

ほかの皆にも、けっこう雪の味付けが好評だった。

先週は、坂井さん夫妻がいたが、今週は来ていなかった。その代わりに、マリオネットのメンバーの中野さんたちが一緒だった。

お昼に、ラッコが立ち寄った港に停泊すると、マリオネットも入港して、横付けしたのだった。

「今日、寒いものだから、横浜マリーナからずっと機走で八景まで走って来てしまったよ」

中野さんが言った。

「うちも似たようなものかもしれないです」

「横浜マリーナを出港して最初だけ、ちゃんとセイルを上げて走っていたけど、後半はパイロットハウスの中に入って、中で操船していたものね」

「セイルを上げて走っていたときも、まじめにセイリングトリムしていたの雪だけだったものな」

「洋子ちゃんもやっていたよ」

「そうだったっけ?」

隆が隣りの席の洋子に聞くと、洋子はううんと首を横に振っていた。

見慣れない船

その濃紺の船体のヨットは、ラッコとマリオネットに近づいていた。

濃紺の船体に、船底が赤く塗られていた。

デッキは、チークデッキ、茶色の木製フローリング調のデッキに、ドッグハウスのあっちこっちにも木部が使用され、木製マストに赤いセイルカバーが付いている。その姿は、まるで海賊船のようだった。

「なんか、近づいてくるよ」

ルリ子がキャビンの窓から外を覗いていて、最初に気づいて言った。

「海賊船みたいね」

麻美が、船を見た率直な感想を述べた。

「海賊だって。パイレーツオブカリビアンかもしれないよ」

「ジャックスパロウ、ジョニーディップ乗っているかな?乗っていたら、サインほしいな。私、ジョニーディップ好きなんだ」

洋子と隆が話している。

「ジョニーディップでなくてジャックスパロウが乗っているかもよ。でも海賊だから、サインもらう前に、命取られちゃうかもしれないよ」

雪が驚かした。

その海賊船いやヨットは、マリオネットの横に接岸しようとしていた。

「なんだか恐いな」

海賊船のイメージが出来てしまっていたので、本当にこちらのヨットに乗りこんできて、拉致とかされたらどうしよう。

少し不安になった麻美は、片手にカレー鍋のお椀、もう片方で隣りに腰かけていた佳代の身体を抱きかかえて身構えていた。

「麻美ちゃん、恐いの?」

「え、なんか知らない船だし、横に付けられて、本当に海賊船だったらどうしようとか思って・・」

麻美が雪に答えると、船内の皆は大爆笑になっていた。

「あれ、中島さんじゃない」

麻美が、そのヨットの舵を握っている人に気づいて言った。

「お。中島さんだ」

ヨットの正体が同じ横浜マリーナに保管している中野さんだとわかって、麻美たちは表に出て、そのヨットのもやいを取りに手伝いに行った。

ほかのマリオネットのクルーも、もやいを取りに出た。

「なに、これが新しいヨット?」

「そうなんだ。やっと建造出来上がったよ。発注から出来るまで1年以上かかったよ」

中島さんが、中野さんに答えた。

中島さんは、2年ぐらい前まで横浜マリーナの水面に33フィートのヤマハ艇を係留していた。

そのヨットを売ってしまって、その後、新しいヨットを建造しているということは、隆も聞いていた。

「すごいですね!木部が多く豪華なヨットだ」

隆も、中島さんに言った。

「夢だったから、こんなクルージングボートを持つのが」

中島さんは、嬉しそうに隆に報告している。

中島さんによると、台湾のタヤナ造船所で作ったヨットだそうだ。

タヤナ37という37フィートのヨットだった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。