本部艇

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第30回

斎藤智

「ただいま!本部艇をすることになったよ」

どこかに行っていた麻美が戻って来た。

麻美は、「暁」のオーナーさんに呼ばれてクラブハウスで、今年初めての第一回目のクラブレース運営の事務処理を手伝っていたのだった。

事務処理といっても、クラブハウスの入り口に仮設されたテーブルのカウンターで、レース参加艇の船名とかを聞いて、受付をするだけだった。

クラブレースの運営責任者は、望月さんというレース艇のオーナーの方だった。望月さんのヨットは、オーストラリア製の36フィートのレース艇だった。ヨットレースで勝つために設計、建造されたヨットで、強風のときでも、微風のときでも、どんな天気の日でも最大限にセイルに風を受けて速く走れるように造られていた。

キャビンの中も、隆の船とは違い、豪華な設備は一切排除して、船内はできるだけシンプルに軽くなるように無駄なものを無くしていた。

麻美も、前に望月さんのヨットの中を見せてもらったことがあったが、キャビンの最前部の扉を開けると、そこに青い色のバケツが一個だけポツンと置かれていた。望月さんは、そのバケツを手に取って、麻美に見せながら、それがトイレだと自慢していた。

レース中などにトイレに行きたくなったら、そのバケツに腰かけてトイレをするのだという。麻美も、アウトドア好きで普通の女の子よりは、大概のことは我慢できるつもりでいたが、さすがにそのバケツでトイレすることは出来そうもないと思った。

「本部艇?」

隆は、麻美に聞き返した。

「そう、ヨットレースの本部艇を代わりにやってほしいって、望月さんに言われたの。本当は望月さんが自分のヨットで本部艇をやるつもりだったんだけど、もしラッコで本部艇をやってもらえるんだったら、望月さんのヨットもレースに参加したいんですって。いいでしょう?別にラッコで本部艇をやってあげても」

麻美が言った。

ラッコで、クラブレースの本部艇をやることになったので、それからは出航準備に、クラブレースの準備も加わって、さらに忙しくなった。

洋子たち生徒を連れて、クラブハウスに、ヨットレースに使うブイや旗など備品を取りに行った。

麻美とルリ子は、クラブハウスで最終的なレース参加艇の数や船名を確認していた。参加艇の名前が書かれた用紙をバインダーにはさんで持参する。レース中、そこに参加艇の順位やスタート時刻、ゴール時刻を記入するのだ。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。