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12時の出航

12時の出航

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第224回

斎藤智

「寝る準備をしているんですか?」

美幸は、キッチン前のダイニングのテーブルを下に降ろして、クッションを敷いている麻美に聞いた。

「うん、そうよ。皆、寝るでしょう」

麻美は、シーツを敷きながら答えた。

「なんかすごい」

「え、なんで?普通にシーツとか敷かないの?」

美幸が、驚いているので、麻美は不思議そうに質問した。

「だって、うちのマリオネットなんてシーツとか枕なんかないよ。皆、そのままクッションの上に直接ごろんって寝ちゃうよ。枕もないから、持ってきた自分のバッグとかに頭を乗せて寝ているの」

「そうなの」

麻美は答えた。

「各船でそれぞれ違うからね。それは、それで良いかもね」

「ラッコのベッドのほうが、シーツ敷いてあってなんか気持ちよさそう」

「そうでしょう」

麻美は、美幸に言われてちょっと嬉しそうに返事した。

「うちも一番最初に、まだ隆と私だけで初めてクルージングに行ったとき、そういう寝方をしていたのよ。でも、汗とかクッションに染みちゃいそうだったんで、シーツを持ってきて敷くようになったの」

「衛生的ですよね」

麻美は、ダイニングのベッドを作り終えると、一番前のフォアバースのベッドを作り始めた。

美幸もいっしょに手伝い始めた。

「あ、ごめんね」

「ううん。楽しい」

美幸は、家ではベッドメイクなんて、お母さんに任せっぱなしなのだが、船だとなんか楽しかった。

「12時になったら、出航しようか」

隆は、パイロットハウスで皆に言った。

「はい、艤装の準備は、いつでも出れるようになっています」

雪は答えた。

「12時に出航なんて、シンデレラみたいだね」

「シンデレラは逆じゃない、12時になったら帰るんだよ」

「あ、そうか」

皆は笑った。

その笑っている皆の横をすり抜けて、麻美と美幸、佳代は一番最後尾のオーナーズルームに移動した。

あとベッドメイクが残っているのはオーナーズルームのベッドだけだ。

「なに、ベッド作りを美幸ちゃんにも手伝ってもらちゃってるの?」

隆は、麻美に聞いた。

「うん」

「美幸ちゃんはマリオネットのクルーなのに」

「あ、そうか」

麻美は、隆に言われて気づいた。

「ごめんね」

「ううん、ぜんぜん気にしないでください」

美幸は、麻美に言われて返事した。

マリオネットのほかのクルーたちは、もう既に自分たちのマリオネットの船に戻ってしまっていて、いまラッコに残っているのは美幸だけだった。

結局、最後までラッコのベッドメイクを手伝ってから、美幸は自分の船に戻った。

伊豆七島へ

「バイバイ!」

ラッコの皆は、まだポンツーンに停まっているマリオネットの美幸に手を振って出航した。

マリオネットは、1時か2時すぎに出航するらしかった。

「なんか船で出航するときに、手を振られると寂しくなるね」

「え、そうかな」

麻美に言われて、雪は答えた。

「なんかジーンと感動してきて、寂しくならない」

麻美は、ポンツーンに停まっているマリオネットから手を振ってくれている美幸の姿を見ながら言った。

「なんか寂しいよね」

雪に共感をあまりしてもらえなかったので、洋子のところに来て言った。

「確かに、少し寂しいっていうか感動するよね」

洋子が言って、麻美の頭を撫でた。

「え、なんで泣いているの?」

隆が、洋子の横でちょっと涙ぐんでいる麻美を見て、驚いた。

「え、別に泣いてはいないけど」

「泣いてんじゃん」

麻美は、隆に言われて、あわてて目の下を手で拭いた。

「麻美ちゃん」

皆は、麻美の姿を見て、大笑いになった。

「私、泣いてないんだけどね」

麻美は、恥ずかしそうに言った。

「なんだか、隆のせいで泣いたことにされちゃってる」

隆の背中を、後ろからトントンと叩きながら言った。

「マリオネットは、もっと遅く出航しても大丈夫なんだ」

「らしいね」

隆は、洋子に答えた。

「マリオネットってどこに行くの?」

「なんか下田に行って、西伊豆?かどっか周るって聞いたけど・・」

隆は、先週の日曜に中野さんに聞いたときのことを話した。

「西伊豆行かないって」

麻美が、隆の話を訂正した。

「え、西伊豆じゃないんだ」

隆が麻美に聞き返した。

「うん。西伊豆に行きたかったんだけど、向こう側に回ると、帰りに帰ってくるのが大変になるから、日にちも一週間しかないしって、東伊豆を順番にゆっくり巡って戻ってくるんだってさ」

「そうなんだ」

隆は、麻美に言った。

「確かに、西伊豆は、こっちから行くと、距離が遠いものね」

「西伊豆っておもしろいの?」

「うん、温泉とか、自然の景色とかもすごくきれいなところらしいよ」

隆が洋子の質問に答えた。

「いつかラッコでも行ってみたいね」

「うん、行こう!」

洋子が答えた。

「さあ、今は伊豆七島を目指そうか」

ラッコは、横浜港を出て、伊豆七島へ向けて走り始めた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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