この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第101回
斎藤智
ラッコは、三崎のすぐ側、城が島沖までやって来ていた。
「釣りをしているうちに、いつの間にか、目的地に到着してしまいそうだな」
皆で、わいわい釣りを楽しんでいるうちに、三崎の側まで到着してしまっていた。
「結局、一番の大物は、タコ一匹だけだね」
「そろそろ、到着するから、釣竿は回収しようか」
皆は、釣り道具を片付けて、港に入港する準備を始めていた。
これから港に入港しようというそのときに、キャビンの中から無線が鳴った。
麻美は、キャビンの中に入って、無線に出た。
無線の相手は、マリオネットからだった。
「隆!マリオネットが、三崎のすぐそばで、なにかに掛かってしまって動けないんですって」
麻美は、キャビンから顔を出して、隆に伝えた。
隆は、三崎の側と聞いて、どこかこの近辺だろうと周りを見渡した。洋子も、佳代も、隆と同じように周りを見渡す。
「あそこにいるよ!」
一番、目が良い佳代が、真っ先にマリオネットを見つけて、声を上げた。
「了解!漁師の網に引っかかったな」
三崎の港の周りには、漁師が魚を獲るために、たくさんの網を浮かべていた。どうやら、マリオネットは、その網の一部に囲まれて、動けなくなってしまったようだった。
「雪、代わろう」
隆は、ステリアリングを握っていた雪と舵を代わった。
うかつにマリオネットの側まで寄ってしまうと、今度は、ラッコが漁網に掛かってしまう。
隆は、網に掛からないように、気をつけながら、マリオネットに近寄って行く。
洋子たちは、サイドデッキから海の中、海面を覗いて、網が無いかどうかを、舵を取っている隆に報告する。
「ボートフックを持ってきてくれるか」
隆は、麻美にキャビンの中にあるボートフックを取ってきてもらった。
マリオネットは、網の中に入ってしまったといっても、まだ、網の手前のところにいるだけなので、うまく漁網をボートフックで海面の下に押しながら進めば、うまく脱出できそうだった。
隆たちは、漁網をボートフックで押しながら、ゆっくりとマリオネットを引っ張った。
マリオネットは、ラッコに引かれて、なんとか無事に漁網から脱出できた。
三崎入港!
ラッコとマリオネットは、城が島にかかる橋の下をくぐっていた。
橋をくぐると、その先にある突堤に、ボートやヨットなどのレジャーボートの船を停められる場所がある。
突堤に船を停めると、港を管理しているおじさんがやって来て、停泊料を徴収する。
突堤の目の前には、「うらり」という観光用のショッピングスクエアがあって、三崎で上がったまぐろなどの魚が購入できる。
隆たちは、ここに来たときは、いつもトロまんというまんじゅうの中にマグロの入った肉まんを食べるのが恒例になっていた。
「こっち、こっち」
ラッコとマリオネットが、突堤に近づくと突堤から停める場所を指示してくれる声があった。
それは、暁の望月さんだった。
普段だと、ほかのマリーナから来たヨットの中に停泊するのだが、その日の三崎港は、突堤の殆どが横浜マリーナからやって来たヨット、ボートばかりだった。
「到着がずいぶん遅かったじゃない」
隆が、突堤にヨットを停泊し終わると、望月さんに言われた。
三崎に到着した横浜マリーナの船の中で、隆たちの船が一番最後の到着だった。
「ちょっと、そこの三崎港の手前のところでトラブルがあったもので…」
隆は、望月さんにマリオネットが漁網に掛かってしまって、助けていたことを報告した。
「なにか釣れた?」
望月さんは、魚の入ったバケツの水を交換していたルリ子に声をかけた。
「小さな魚ばかり」
ルリ子は、残念そうに今日の釣果を伝えた。
「あ、ずいぶんと可愛い魚ばかりだな」
望月さんは、バケツの中の魚を覗きこみながら、答えた。
「今日のラッコさんの釣果で、一番大きな成果は、マリオネットか」
望月さんは、冗談を言っていた。
はじめ、ルリ子は、その冗談の意味がよくわからなかったが、漁網に掛かっていたマリオネットを助けたことを、マリオネットを釣った魚に見立てているんだってわかって、後から笑顔で笑っていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。