この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第44回
斎藤智
その日のばんやは、海の日の連休で、店内は大変な賑わいだった。
ばんやは、広めのワンルームのプレハブ小屋だった。店舗の周りにある敷地には、イカのポッポ焼きなどちょっとした屋台まで出ている。
「ポッポ焼き食べたい」
ルリ子は、その前を通り過ぎたときに、イカの焼かれるいい匂いを嗅いで話していた。
これから、ばんやで食事なので、イカの屋台はまた今度来たときのために取っておこう。
中央の入り口から店内に入ると、入り口にあるレジカウンターを境にして、左側にはテーブルと椅子が用意されていた。右側の奥は、一段高くなっており、床全面に畳が敷かれ、お座敷になっていた。店内中央に大きな生簀があった。生簀には、タイやイワシなど獲れたばかりの魚がいっぱい泳いでいた。
「かわいい」
ルリ子と佳代は、生簀に手を入れて、中で泳いでいたカメの頭を撫でてあげた。お客からの注文があると、店員が長い竿の先についている網を持って、生簀にやって来て泳いでいる魚をすくって、調理場に持っていてしまう。
「ここにいる魚って全員食べられちゃうのかな?カメさんもかな」
「カメは、さすがに食べられないで済むんじゃないの」
優しい佳代が、いつかは食べられてしまう生簀の魚の身を心配していた。麻美は、カメはさすがに食べないだろうから、客寄せのためにだけ泳いでいるのよと佳代を安心させていた。
「いや、注文があれば食べてしまうでしょう」
隆は、壁に貼ってあるメニューの中の「スッポン」という文字を見つけて、麻美に見せながら言った。
そんなラッコのメンバーの前で、別の店員がやって来て、佳代が撫でていたカメの向こう側を泳いでいたスッポンを網ですくって連れていってしまった。
やはり、カメも、スッポンも、いずれは食べられてしまう運命にあるようだった。
麻美と佳代は、カメの気持ちを考えて、ちょっと寂しくなった。
そんな二人の気持ちとは裏腹に、レジにいた店員は、カメのところにいたラッコのメンバーに話しかけてきた。
「スッポンは、鍋にするとすごく美味しいですよ」
店員は、お客に積極的に営業していた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。