SailorsBLUE セイラーズブルー

荒天セイリング

荒天セイリング

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第138回

斎藤智

麻美は、荒れた海のセイリングに緊張していた。

隆以外のほかの皆は、去年の4月に横浜マリーナのヨット教室で、初めてヨットに乗ったばかりの人たちだ。その前から、ヨットに乗っていたのは、麻美だけだった。

何かあったら、隆に続いて自分が一番ヨットに慣れているのだし、自分が一番しっかりしないとならない、そう思って緊張していたのだ。

「佳代。大丈夫か…」

「うん、ぜんぜん」

心配そうな隆に佳代は、デッキの上を飛び回りながら元気に答えた。

佳代は、風が吹いて揺れている艇上で、まるで船がまったく揺れていないように、平気な顔で移動していた。

「なんか引っ掛かってしまったよ!」

セイルを上げていた洋子が叫んだ。

メインセイルを上げるときに、風が吹いているので、セイルがずれて上がってしまい、マストの途中で止まってしまっていた。

側でセイルを上げるのを手伝っていたルリ子が、洋子の横に来て、一緒になって必死でマストの途中で止まってしまったセイルを外そうとしていた。

マストの下端からだと、引っ掛かっている部分に手が届かないためにうまく外せないのだ。

「もう少しで手が届きそうなんだけどな」

洋子は、マストの下で一生懸命手を伸ばしていた。

そこへ佳代がポンポンと飛び跳ねながらやって来て、まるで小猿のように、揺れているマストをよじ登って、引っ掛かっているセイルを外してしまった。

「良かった!」

メインセイルも無事にマストトップまで上がった。

「隆さん!舵が重かったら、セイルをもう少し出しましょうか!?」

舵を握っている隆に、コクピットでセイルトリムをしている雪が聞いた。

「そうだね、お願い」

隆が答えて、雪は、強風で重たくなっているウインチを回してセイルを解放した。

「ジブのスカートが出てしまっている」

ジブが、うまく引き込めずにライフラインに引っ掛かっていた。

それを直しに、また佳代が船首のジブのところに走っていった。

「なんか前のフェンダー、海に落ちてしまいそうだね」

洋子が言った。

船首のフェンダー入れに入れてあったフェンダーが、船が揺れて、海に落ちてしまいそうだった。

佳代に負けずに、洋子も揺れるデッキ上を走って、船首に行き、フェンダーを回収してきた。

「なんか皆、たくましくなったね」

コクピットのベンチにずっと座って見ているだけだった麻美が、つぶやいた。

港を出たばかりのときは、自分が一番ヨット歴が長いのだから、しっかりしなきゃと思っていた麻美だったが、佳代も、雪も、ほかの皆のほうが、自分よりもよほど元気に動き回っているなと思っていた。

「皆、ヨットが上手になったよ」

隆が、麻美に答えた。

「雪も上手になったよね」

目の前でセイルトリムをしていた雪に言った。

「うん」

「去年まで、雪は何にも出来なかったものな」

隆に言われて、雪は苦笑していた。

「雪が、上手になり始めたのは、去年の夏過ぎたあたりからか?」

「そうだね。暁の望月さんにもやいが結べなくて、怒られてからかな」

雪が笑った。

「そうか。望月さんのおかげか…」

隆も、雪のことを見て笑った。

二人が荒れた海の上で笑顔で話しているのを見ながら、麻美は、皆を守らなければとか思っていた自分だったが、もしかして私が一番荒れた海で動けないかもと思っていた。

麻美は、佳代たちが船首でセイルを上げているのを手伝いに行きたかったのだが、さっきから前に行くと、海に落ちてしまいそうで怖くて、コクピットから動けなかったのだ。

海のトラブル

雪は、隆と代わってヨットの舵を握っていた。

いつもは軽いのに、今日は、けっこう風が吹いていて、ステアリングを握っているのが重たかった。

「なんか重そうだね」

「けっこう重いよ。取ってみる?」

雪は、洋子に聞かれて返事した。

「重い!」

雪からステアリングを手渡され、握ってみた洋子が言った。

「風、強いものね。あまり重たければ、船内のパイロットハウスのステアリングで舵を取ろうか?」

隆が洋子に聞いた。

「ううん、大丈夫」

洋子が笑顔で答えた。

風は、強く吹いていて、海が荒れてはいたが、デッキで舵を握っているのは、けっこう気持ち良かった。

「中で握るのは、楽したいわけではなくて、中のステアリングのほうが強風になったときは、軽いんだよ」

隆が言った。

「そうなの?」

「外のステアリングは、1対1なんだけど、中のステアリングは、1対3の比率で油圧の力を借りて、舵を回せるようになっているんだ」

隆が答えた。

隆から聞いて、佳代が船内に行って、パイロットハウスのステアリングを握ってみた。

「どお?」

「すごく軽い!」

佳代は、ステアリングを握った感想を、一緒にパイロットハウスに入って来たルリ子に伝えた。

「すごく軽いって!」

ルリ子がパイロットハウスの窓から顔を出して、後ろのコクピットにいる隆たちに伝えた。

それを聞いて皆は、パイロットハウス、キャビンの中に入って来た。

「暖かい!」

キャビンの中に入った洋子が、雨合羽の上着を脱ぎながら叫んだ。

ほかの皆も、雨合羽を脱いで、パイロットハウスのサロンに腰かけた。

「初めから、船内で舵を取れば楽だったな」

隆が言った。

「でも、本船航路、東京湾を横断するときは、中で舵を取るのは、本船とか見つけにくくて、ちょっと恐かったかもよ」

洋子が言った。

船内に移動したことで、一番ほっとしているのは、麻美だった。

麻美は、船内に入ると、さっそくギャレーに行って、お昼ごはんの準備を始めた。

ルリ子もギャレーにやって来て、麻美の料理の手伝いを始めた。

今日のお昼は、昨夜から煮込んでおいたカレーだ。

「いただきます!」

外を見ながら食べないといけないので、パイロットハウスのサロンでお昼を食べた。

「今、どこらへんまで来た?」

カレーを食べ終わった隆は、窓から外を眺めながら、佳代に聞いた。

「猿島の辺り」

佳代は、答えた。

「洋子ちゃん、舵を代わってあげて。佳代ちゃんもごはんを食べな」

麻美が佳代に言って、佳代は、洋子と舵を交代して食事にした。

「まだ、猿島か」

特に、いつもの保田から横浜マリーナに帰ってくる時間よりも遅くなっているわけではないが、海が荒れているだけに、横浜マリーナがいつもより遠くに感じられた。

「ラッコさん、聞こえますか?」

マリオネットから無線が入った。

麻美が無線に出て、マリオネットの中野さんと話している。

「マリオネットが風が強くてメインセイルが下ろせなくなってしまって、困っているらしいの」

麻美は、無線で聞いたことを隆に伝えた。

マリオネットの現在位置を調べると、ラッコの走っている後方にいることがわかった。

「Uターンして、迎えに行こうか」

せっかく横浜マリーナに近づいていたのに、ラッコはUターンしてマリオネットを迎えに戻っていった。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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