この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第150回
斎藤智
隆たちは、ラッコのフォアデッキ、チークデッキの上で丸く囲んでおしゃべりしていた。
「そうなんだ。会社では、工場の作業とかやっているんだ」
「作業ってほどでもないんだけど、製造の製品の事務処理とかしているの」
香織は、隆に答えた。
キャビンの中のサロンで、お昼ごはんを食べた後に、皆は天気が良いので、デッキに出てフォアのチークデッキでおしゃべりしていたのだ。
天気が良いといっても、まだ4月で少し気温は低く涼しい。
中野さんたちは、キャビンの中のサロンでおしゃべりしている。
麻美や雪のラッコの年長組も、中野さんたちマリオネットのクルーと一緒にキャビン内でおしゃべりしている。
表に出て、おしゃべりしているのは、洋子、香織、美幸、佳代にルリ子だった。
それに隆が加わっていた。
年齢でいったら、麻美と同い年の隆は、ラッコでは年長組に入るのだが、洋子とよく話をしていて、話があう隆は、デッキ組に入っていた。
「ね、隆。そろそろ横浜マリーナに帰りましょう」
中野さんたちと一緒に、キャビンから出てきた麻美が言った。
中野さんたちマリオネットも、八景島を出航して、横浜マリーナに戻るようだ。
「もう帰る時間?」
「もう2時を過ぎている」
麻美が答えた。
「じゃ、出航しますか?」
隆は言った。
皆は、立ち上がると、出航準備を始めた。
「じゃあね、美幸ちゃん」
美幸は、マリオネットのクルーなので、隆たちラッコの乗員に手を振ると、マリオネットに戻っていった。
「え、マリオネットってあんな向こうにいたんだ」
隆は、戻って行く美幸の姿を見ながら言った。
横浜マリーナのヨット同士で並んで舫っていて、一番右端に舫っていたラッコだったが、マリオネットは一番左端から2番目に舫っていた。
中野さんたちは、2艇の間にある5艇ぐらいのヨットを乗り移りながら、ラッコにやって来たようだ。
「マリオネットの人たちってずいぶん間の障害を乗り越えてやって来たんだね」
隆は、苦笑した。
「俺だったら、これだけヨットを乗り越えてくるぐらいだったら、自分のヨットのキャビンの中で、皆と過ごしているけどな」
「きっと、中野さんが自分のところにたくさん来た生徒さんたちを、隆に紹介したかったのよ」
洋子は、隆に答えた。
「なんで?」
「夏のクルージングとか行ったときに、マリオネットも宜しくって意味じゃない」
「てへ、トラぶったときに助けろって」
「うん。隆に新しい生徒さんにヨットのこと教えろってことかも…」
洋子に言われて、隆は苦笑していた。
「そうみたいよ。隆はヨットのベテランだから、わからないことがあったら何でも隆に聞くようにって、中野さんが生徒さんたちに話していたよ」
麻美も、さっきキャビンで話していたときに、中野さんが話していたことを隆に伝えた。
「出航しようか!」
ラッコは、隣りのヨットとの舫いを外すと、ホームポートの横浜マリーナを目指して出航した。
フォアデッキの社交場
隆は、ステアリングを雪に任せると、自分はフォアデッキに移動していた。
洋子と香織も一緒だった。
「あの三人、仲が良いね」
ルリ子がフォアデッキを見て言った。
隆、洋子、香織の三人は、フォアデッキに移動してずっとおしゃべりしているのだった。
フォアデッキのすぐ後ろのところにパイロットハウスがあって、そこの窓が、船内から外を眺めるのにちょうど良いように、斜めになっているので、そこに背中をもたせかけると寝転がるのにちょうど良い。
普段だと、セイリング中、フォアデッキに移動するのは、そこで昼寝するためが多かった。
その日は、三人は、そこに移動すると、いちおうパイロットハウスの窓に寄りかかってはいるのだが、昼寝はせずに、ずっとぺちゃくちゃとおしゃべりをしていた。
「香織ちゃん、可愛いものね」
麻美も、フォアデッキの三人を見ながら答えた。
香織を、先週のヨット教室で、横浜マリーナのクラブハウスに迎えに行ったのは、麻美だったので、香織は、なんとなく自分がラッコのヨットに誘ったような気がしていた。
「香織ちゃん、うちのヨットに配艇になって良かったね」
ルリ子は、香織が隆たち二人と仲良くしているのを見て、感想を言った。
「香織ちゃんが来る前は、隆さんって洋子ちゃんといつも一緒で、よくお話していたけど、香織ちゃんが来て、三人で仲良くなれて良かったね」
「なんかさ、ちょっとだけだけど、香織ちゃんと洋子ちゃんって似てない?」
ステアリングでヨットを操船しながら、雪が言った。
「似ているかも…」
佳代が言った。
「二人とも、佳代ちゃんにも優しいものね」
「うん。お姉ちゃんが二人になったみたい」
ラッコで一番年下の佳代が言った。
麻美は、佳代の頭をなでた。
「私は?お姉ちゃんじゃないの」
「ルリ子は、お姉ちゃんというか大好きなお友だち」
ルリ子に聞かれて、佳代は答えた。
「麻美ちゃんは、私だけじゃなくてラッコ皆のお母さん」
「そうか。お母さんか」
麻美は、佳代に言われて笑った。
「麻美さんにとっては、新たなライバル出現だね」
雪は、少しニヤニヤしながら、麻美に言った。
「ライバル?」
「隆のこと。麻美ちゃん、うかうかしていると、洋子ちゃんか香織ちゃんに隆さんのこと取られちゃうよ」
「ああ」
麻美は、同い年の雪に言われて頷いた。
「隆って、大学の頃から男女に関わらず、洋子ちゃんや香織ちゃんのようにさばさばした子とつきあいやすいようで、仲良いのよ」
麻美は平然と答えた。
「そうじゃなくてさ、隆が洋子ちゃんとつきあって結婚しちゃうかもよ」
「別にいいんじゃない。隆が洋子ちゃんのことを好きならば…」
「ええ、本当にいいの?」
雪は、麻美に再度質問した。
「え、彼女じゃなくなってもいいの?」
ルリ子も、麻美に聞いた。
「だって、私は、別に隆の彼女ってわけじゃないもの」
麻美は、強がって答えながらも、皆に言われて自分の顔が少し赤くなっているのを感じていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。