SailorsBLUE セイラーズブルー

熱海の港で

熱海の港で

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第159回

斎藤智

ラッコとマリオネットは、2艇並んで熱海港へ入港した。

初島沖でアンカーが上がらず立ち往生していたマリオネットも、ウインドラスの力で無事にアンカーを引き上げて走り出していた。

「私たちが行って、電動のウインドラスでアンカーを上げたけど、もし電動のウインドラスが無かったら、あれってどうやってアンカーを上げたら良かったの?」

麻美は、隆に聞いた。

「上がらなかったんじゃない」

「そしたら、マリオネットってずっとあそこに置きっぱなし?」

麻美の返事に、隆は思わず笑ってしまった。

「中野さんも、美幸ちゃんも皆、あそこでずっと暮らせって?」

「いや、そうじゃなくて。中野さんたちは、こっちのラッコに乗り移って横浜に戻ればいいけど…。マリオネットのヨットは、あそこにずっと沈没船になるまで置きっぱなしになってしまうのかな?って思ったの」

麻美は、マジで隆に質問していた。

「いや、どうしてもアンカーが上がらなければ、アンカーロープを切ってしまって、アンカーはその場にレッコ、海に捨てていくしかないでしょう」

隆は、麻美の意外な質問に吹き出しそうになりながら答えた。

レッコとは、海にポイする、捨てることにヨットでは使用しています。料理した後の野菜クズとか、魚の骨とかがよく海にポイされます。ビニール袋とかのように、ポイしても海で魚の餌とか自然に帰れないものはぜったいにポイしてはいけません。

「そうか。アンカーロープを切れば、船はまた動けるのか」

麻美は理解したようだった。

「ちなみにだけど、うちのウインドラスを使わなくても、マリオネットの船にもバウの先端のところにウインドラス付いているけどね」

隆は麻美に言った。

「ああ!もしかして、マリオネットのバウに付いていたローラーみたいのがウインドラスなの?」

マリオネットのバウにあったローラーの姿を思い出して、ルリ子が隆に聞くと、隆は頷いた。

「あれがそうなんだ。ラッコのウインドラストはぜんぜん違うね」

ラッコのウインドラスは、船の先端にぶら下がっているアンカーに備え付けられていた。

「ヨットだけじゃなくて、もっと大きな船とかでも、根がかりして抜けなくなったアンカーが世界じゅうの海の底にはいっぱい落ちているんだろうね」

隆は言った。

「それじゃ、そういうアンカー拾えば、ただでもらえるんだ」

「うん。どっかの海に拾いに行こうか?どこに落ちているか探すのが大変だろうけど」

ルリ子のアイデアに隆や皆は大笑いになった。

「私、ダイビングの免許取ったばかりだから」

ルリ子は答えた。

ルリ子は、つい一か月前にスキューバダイビングの学校に通って免許を取ったばかりなのだ。

今回のクルージングでも、天気が良かったら潜ろうとダイビングの機材を一式持ってきていた。

「私も、海の中を潜ってみたいんだ。教えてね」

魚や動物が好きな麻美は、ルリ子のダイビング用品を見たとき、ルリ子にお願いしていた。

「潜ったら、美味しい魚を捕まえてきてよ」

魚を食べるのが好きな隆は、ルリ子の機材を見て話していた。

熱海港は、港内が整備されていて、すごくきれいになっていた。

数年前、隆がマリオネットにクルーで乗っていたときに来たときは、コンクリート製の桟橋が一本陸地から伸びているだけだった。

それが、今はポンツーンが何本も伸びていて、常時、熱海港に係留しているヨットやボートなどが浮かんでおり、マリーナらしく生まれ変わっていた。

ゲスト艇用だと言われたポンツーンの空いている場所に、先に入港したマリオネットは停泊していた。

「なんか失礼だな。ラッコが、マリオネットのアンカリングを助けてやったというに、ラッコより先に入港して停まっているなんて」

「そういうこと言わないの!」

隆が小声で文句を言っているのを聞いて、麻美は隆の頭をコツンと軽く叩きながら叱った。

ポンツーン上には、空きが無くなってしまったので、ラッコはポンツーンに停泊したマリオネットの横に接岸した。

「マリオネットを助けていたから、遅れたのに、なぜラッコがポンツーンでなくマリオネットの横に停めなきゃならないんだよ」

隆は、キャビンの中でぶつぶつ言っていたが

「別に良いじゃない。陸に上がりたいときはマリオネットの艇をまたがせてもらって上がればいいだけなのだから」

麻美は、隆のことを慰めていた。

「すごい湯けむり!」

パイロットハウスの窓から熱海の街を見上げて、見える温泉の湯けむりにルリ子は感動していた。

「後で、温泉に入りに行こうね」

麻美は言った。

「うん。私、浴衣と温泉グッズもちゃんと持ってきたよ」

ルリ子は答えた。

「すごい!用意がいい。ダイビングに温泉セットまで持ってきたんだ」

初めてのクルージングで着替えぐらいしか持ってきていない香織が、ルリ子に言った。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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