この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第9回
斎藤智
隆は、ロサンジェルスの空港に降り立った。
空港には、麻美が車で迎えに来てくれていた。会社のお盆休み、夏休みに麻美がアメリカに遊びに来いと招待してくれたのだ。
例によって、隆が飛行機代がない…とかグズグズしていると、
いい、わかった?飛行機のチケットはこっちから買う方が安いから郵便で送るから、それじゃ空港で待っている!
電話で麻美がそれだけ言うと電話を切った。
かくして隆は、麻美に導かれるままに、アメリカにやって来たのだった。空港を出ると、まずは麻美が通っているという学校を案内してもらって、それからロサンジェルスの街をあっちこっち車で案内してもらった。
一通り、街の中をみて周った後、麻美が泊まっているというシェアハウスに行った。この小さなシェアハウスで、麻美は女子学生2人と男子学生3人で暮らしている。
今夜は、この家の麻美が使っている部屋に折りたたみベッドを広げて一晩泊まることになるらしい。夕食は、ほかのルームメイトと一緒にダイニングで食事だったが、夜寝るときは、部屋に麻美と二人だけになった。
隆が緊張していると、
「緊張しなくてもいいよ、私ももう寝るから」
と麻美はさっさと自分のベッドに入って寝てしまった。
次の日は、快晴だった。
麻美のスケジュールだと、今日から父の暮らしているサンフランシスコに移動することになっていた。ほかのルームメイトの学生も夏休みで実家に帰るらしい。麻美も、サンフランシスコの実家に戻るので、隆も一緒についていって、麻美のサンフランシスコの実家で過ごすことになっているらしかった。
麻美の話だと、サンフランシスコは周りを海に囲まれていて、ヨットが盛んな町なのだそうだ。現地に着いたら、父に頼んでサンフランシスコのマリーナを案内してもらえるらしい。
サンフランシスコのマリーナのクラブハウスの中に入れさせてもらえた。表の受付やカウンターは、重々しく重厚な雰囲気だったが、中に入ってみると、床に子どものおもちゃが転がっていたり、奥のキッチンで太った婦人が、アメリカの家庭料理を作っていたり、とアットホームな雰囲気だった。表の海面を走っているヨットのデッキには、どのヨットにも大きな犬が一緒に乗っていた。
マリーナに停泊している一隻のヨットの船内に招待してもらえた。キャビンに入ってすぐのメインサロン、カウンターの上に丸々した大きな猫が丸まって寝ていた。はじめ、猫の置物なのかと思ったら、本物の猫だった。マリーナのどのヨットも、子連れでファミリーで乗っている船がとても多かった。
「アメリカでは、ヨットにファミリーで乗っている人が多いんだね。なんかいい雰囲気だな」
「そうね、確かにいい雰囲気だね」
隆に言われて、麻美は、自分が将来のファミリーとヨットに乗っているところを想像していた。
なぜか舵を握っている夫が隆で、隆そっくりの男の子が2人、デッキの上を走り回っていた。なんで、将来の夫が隆なのよ、麻美は自分の頭の中に浮かんだ想像にちょっと腹を立てていた。
「なんで、隆なのよ?」
麻美は、自分が勝手に想像した将来の夫の姿のことを隆に文句を言っていた。
「何のこと?」
「なんでもないわよ」
なんで文句を言われたのかよくわからない隆に、麻美は慌てて、なんでもないと否定していた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。