この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。
クルージング教室物語
第55回
斎藤智
三宅島が、だんだんと近づいてきた。
「そろそろ入港だし、セイルを下ろそうか」
隆のかけ声で、ラッコの乗員たちは、各自ポジションについて、メインセイルとミズンセイルを下ろした。
セイルを下ろし終わった後は、港に入ってからスムーズに着岸できるように、先に船体の両舷にフェンダーを付けたり、着岸用のロープの準備をしたり、と入港前は忙しい。
今日は、天気が良いので、三宅島の向こうに御蔵島の島影がしっかりと見えている。
「御蔵島も、自然が豊かな島で上陸すれば、けっこう楽しめるんだけどね」
隆は、遠くに見えている御蔵島の島影を眺めながら、洋子に話している。
今回のクルージングは、三宅島に到着したら、その後は、式根島、大島と伊豆七島の島々を巡りながら、横浜マリーナに戻るので、御蔵島には立ち寄る予定はなかった。
「御蔵島は、来年にまた来よう」
「そうだな。来年は、もう少し遠くまで足を延ばして、八丈島、御蔵島と周ってみようか」
洋子に、来年もどこかにクルージングに行こうと言われて、隆は、とても嬉しそうに答えた。
三宅島の阿古港の少し先のところには、背の高い細長い島が三個あった。島自体は、背の高い岸壁に囲まれていて上陸はできないが、島の周りには、豊かな自然が豊富で、たくさんの魚が住んでいた。海がきれいで、魚がたくさん住んでいるため、ダイバーに人気があり、人気のダイビングスポットだった。
三個の島を右舷に見ながら、ラッコは阿古港に入港する。
その後ろに続いて、マリオネットも入港する。阿古港の手前には、暗礁が広がっているので、入港時には慎重になる。
入り口で慎重にはなるが、港内に入ってしまえば、港内は広く、立派な防波堤に囲まれているので、船は走りやすくて楽だ。
さすがに、三宅島までやって来るレジャーボートは少ないようで、港内には、地元の漁船以外は、一隻のヨットしか停まっていなかった。昨日、入港した新島や式根島に停泊していたヨット、ボートの数から考えれば、三宅島港内は、がらがらで空いていた。
「どこから来たの?横浜か、よくやって来たね。遠かったでしょう」
岸壁の片隅で、のんびりと魚網の整備をしていた漁師さんが、岸壁に着岸したラッコを見て、声をかけてくれた。
新島や式根島では、あまりにも、レジャーボートの数が多すぎて、地元の漁師さんも、いちいちやって来るヨットやボートの連中全てに、一人ずつ声などかけていられない。
それに比べると、三宅島は静かで、地元の人たちとの交流を純粋に楽しめた。
「頑張って、遠くここまでやって来たかいがあったね」
隆と麻美は、話していた。
魚のさばき方
ルリ子は、包丁を片手に悪戦苦闘していた。
ラッコとマリオネットが、三宅島に到着したのはお昼を少し過ぎたぐらいだった。
両艇とも、アンカーをしっかり打ち終わって、岸壁と船との間も、しっかりとロープで結び終わっていて、ひと段落しているところだった。
夕食までにも、まだまだたっぷり時間があって、ラッコのメンバーたちは、船のデッキ上や漁港の岸壁でのんびりと過ごしていた。
「うまくさばけるかな…」
ルリ子は、三宅島に来る途中で釣り上げた大きなシイラを、岸壁に引き上げて、ビニールシートの上でさばこうと解体に必死になっていた。
出刃包丁など、一通りの包丁セットも用意してきていたが、自分の体よりも大きい魚など今までにさばいたことが無かった。
「三枚に下ろして、魚の内臓を全部しっかり取り除くらしいぞ」
隆が、さばくのを手伝いに寄って来た、というよりも大きな魚の解体への興味本位で、ルリ子の近くに寄って来ていた。
麻美や洋子も、やって来て、一体どうやってさばこうかと悩んでいた。
「よ!そのまま、お腹のところから刺して、ぐいっと切り裂いていくんだよ」
岸壁の向こうから、ラッコのメンバーたちが魚に悪戦苦闘している姿を眺めていた漁師のおじさんが声をかけてきた。
その漁師のおじさんも、ラッコのメンバーたちのところにやって来た。
ラッコが停泊している近くの海面に停泊していた漁船の上で、網を整理していた漁師さんたちも、岸壁に上がって、ラッコのメンバーたちのところにやって来た。
「何、君たちが釣ったのか?」
「式根から三宅島に来る途中の海面で釣ったのか。すごいじゃないか!よくヨットで、こんな大きな魚を釣り上げたね」
プロの漁師さんたちに、褒められて、隆たちは、嬉しそうだった。
ルリ子が、慣れない出刃包丁を握りながら、不器用な手つきで魚に包丁を入れているのを見て、漁師さんの一人が、貸してごらんとばかりに、ルリ子から包丁を受け取って、見事にすぱっと魚のお腹に包丁を刺して、丁寧にきれいに魚の左腹をはいでくれた。
「おおっ!」
隆たちラッコのメンバーからは、その見事な包丁さばきで、切り取られたシイラの白身を見て、思わず大きな歓声が上がった。
その後、その漁師さんは、今度はルリ子と一緒に、出刃包丁を握ってくれて、魚の右腹をさばいてみせてくれた。プロの漁師と一緒に包丁を使えたおかげで、ルリ子もなんとなく魚のさばき方を理解できた気がした。
麻美が、船からお皿と醤油を持ってきて、手伝ってくれた漁師さんにも、シイラの刺身をご馳走した。
シイラの淡白な白身は、あっさりしていて美味しかった。
特に釣れたてで新鮮なので、東京の魚屋さんの店頭で買ってきた魚の味とは、まるで違っていた。
斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。
横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。