SailorsBLUE セイラーズブルー

結局、卒業

結局、卒業

この度、横浜マリーナ会員の斎藤智さんが本誌「セーラーズブルー」にてヨットを題材にした小説を連載することとなりました。

クルージング教室物語

第110回

斎藤智

クルージングの次の日曜の朝、ラッコのメンバーは、横浜マリーナに集まっていた。

特に、どこかにクルージングに行くわけではない。

ヨットレースがあるわけでもない。

いつもの日曜日のように、通常通り、デーセイリングを楽しもうというのだ。

麻美は、大きな籐のバスケットを持っていた。

「麻美ちゃん、何が入っているの?」

「今日のお昼ごはんよ」

麻美は、バスケットのふたを少しだけ開けて、中を見せながら言った。

「可愛いバスケット!」

「そうでしょ、昨日、隆の家の近所のデパートで見つけて買ったのよ」

「そのバスケットを持って、リゾートワンピでも着てたら、麻美ちゃんってセレブみたいかも」

「あら、そう。ワンピース着てヨットに乗ったら、動けなくなるから、ルリちゃんに操船はぜんぶやってもらわなくちゃならなくなるよ」

「うん、いいよ!」

ルリ子は、笑顔で答えた。

皆は、ラッコの置いてある艇庫に行くと、ヨットの出航準備をした。

「お願いします」

出航準備を終えると、隆は、横浜マリーナのスタッフにヨットをクレーンで海に下ろしてもらえるようにお願いした。

横浜マリーナのスタッフは、ラッコの艇体を台車で移動すると、クレーンで海に下ろした。

「海に出るの?」

「はい。アリアドネさんは今日は出ないんですか?」

「うちは、今日は整備。ここのところは、いつも整備かな」

同じ横浜マリーナにヨットを保管しているオーナーの保高さんに、声をかけられて隆は答えていた。

季節は、もう11月。

寒くなって来ると、アリアドネのように、横浜マリーナには毎週日曜にやっては来るが、船は出さずに、ずっと船内やデッキで整備と称してぶらぶら過ごしているオーナーも多くなってくる。

隆たちは、スタッフに海に下ろしてもらったヨットに乗りこむと出航した。

ラッコが出航した後、マリオネットもスタッフに下ろしてもらって、海に出航した。

後から、出航したマリオネットだったが、ターボ付きのエンジンを積んでいるマリオネットは、機走であっという間にラッコに追いついていた。

追いついたマリオネットの艇上から、中野さんたち乗員が、ラッコのほうに手を振った。

「あ、マリオネットじゃない」

船尾のベンチで座っていた麻美が、最初に気づいて手を振り返した。

ルリ子たちほかの皆も、マリオネットに手を振る。

「今日のマリオネットって、二人だけなんだね」

洋子が隆に言った。

「本当だね、めずらしいね」

隆も答えた。

いつも、坂井さん夫婦や他にもいっぱいクルーが乗っているのに、今日のマリオネットは、オーナーの中野さんともう一人の二人だけみたいだった。

八景島

お昼、八景島脇の湾に入港した。

ラッコは、午前中のセイリングを終えて、お昼ごはんを食べるために、八景島の脇をすり抜けて金沢の湾内に入った。

小さな湾だが、湾の内側には、海水浴場もあってアンカリングすれば一休みできるスポットになっている。

「よし、アンカーを下ろしてくれ!」

舵を握っている隆の指示で、パイロットハウスに待機していたアンカー担当のルリ子が、アンカーの解放スイッチを押す。

船首に備え付けられているアンカーが海の中に落ちて、ラッコは海上に停泊した。

ラッコが停泊し終わると、後ろからついてきていたマリオネットが、ラッコの右舷に停泊した。

「もやい、お願いします」

マリオネットから投げられたもやいロープを受け取った洋子と雪が、ラッコのデッキに結んだ。

「今日は、二人だけなんですか」

「そう。ヨット教室を卒業したら皆、途端にヨットに来なくなってしまったよ」

中野さんが、隆に答えた。

「ラッコさんのところは、全員参加ですか」

「うちは、誰もやめずに、卒業してもヨットに参加していますよ」

隆は、ルリ子の頭を撫でながら答えた。

「隆さんが乗りに来ないでって言っても来ちゃうもの」

ルリ子が笑いながら答えた。ほかのメンバーも頷いている。

「お昼作るの手伝って」

麻美に呼ばれて、皆はキャビンに入るとギャレーでお昼ごはんの準備を始めた。

マリオネットの中野さんも、クルーと一緒にラッコのキャビンに入って来た。

「中野さん、お酒よね?」

麻美が、ギャレーの棚からグラスを取ると、水割りを作って、中野さんに出した。

夏の間は、いつもお昼はデッキに出して、デッキで食べていたが、さすがに11月にもなると、もう外は寒いので、パイロットハウスにあるサロンのテーブルで食事していた。

「楽しそうだね」

八景島のすぐ脇に停泊しているので、窓から八景島のアトラクションが見えている。

アトラクションの乗り物に乗っているお客さんの歓声が、ワーキャーとサロンの中にまで聞こえていた。

「行ってQ水族館って見えないかな?」

佳代が、パイロットハウスの窓に顔をべたってくっつけて、八景島の中を見ていた。

「行ってQ水族館は、あの三角のアクアライムの中だから、さすがにここからは見えないよ」

「残念…」

「ここから見えてしまったら、誰も皆、入場料払わなくても見れてしまうよ」

「そうだね、それにまだ小さな魚しかいないみたいだから、例え見えたとしても、ここからじゃ、何が泳いでいるかもわからないかもね」

雪が笑った。

「あのジェットコースターって乗っている人ってびちょびちょになってしまうんじゃないの」

八景島のジェットコースターは、線路が島から海に向かって突き出ていて、ジェットコースターは上のほうから海に向かってものすごいスピードで突っ込んでいっては、急カーブでUターンして島の内側に戻っていく。

ジェットコースターが海に突っ込む度に、乗っているお客さんは、きゃーきゃーと大声をあげて騒いでいた。

「佳代は、あれに乗ってみたいか?」

「うん」

「私は、ぜったいに、あれは無理だから、隆と一緒に乗ってね」

麻美が、佳代に言った。

「私、ぜんぜん平気で乗れるよ。洋子ちゃんは?」

「うん。乗りたいとは思わないけど、乗ったとしてもなんとも思わないかも」

洋子は、ルリ子に聞かれて答えた。

「隆、乗るとぎゃーぎゃー騒いで恐がるよね」

「ああ、ヨットだったら、いくらヒールしても大丈夫だけど、あれだけは苦手だな」

隆は、麻美に皆の前で、苦手なものを暴露されて、照れながら答えた。

斎藤智さんの小説「クルージング教室物語」はいかがでしたか。

横浜マリーナでは、斎藤智さんの小説に出てくるような「大人のためのクルージングヨット教室」を開催しています。

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